大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和29年(ワ)5329号 判決 1960年9月09日

原告 飯沼しの 外一名

被告 国

白山株式会社

主文

被告は原告飯沼しのに対し、金四二三、九〇〇円及びこれに対する昭和二九年六月二六日から右完済まで年五分の割合による金員を支払え。

被告は原告飯沼元子に対し、金八四七、九〇〇円およびこれに対する同日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、主文同旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

(一)、原告しのの夫であり、原告元子の父である亡飯沼善一郎は、明治初年頃、東京都千代田区九段一丁目一二番地の九宅地二一三坪七合八勺のうち東南隅五八坪七合三勺(以下甲地という)をその所有者である清水栄蔵から、その隣地の同所一二番地の八宅地五〇坪のうち北側七坪四合一勺(以下乙地という)をその所有者である辻平之助の先代から、それぞれ建物所有の目的で賃借し、右両地上に木造スレート葺二階建店舗一棟建坪二四坪五合二階二二坪、土蔵造二階建倉庫一棟建坪三坪二階三坪、木造瓦葺二階建居宅一棟建坪二二坪二階二三坪、同居宅一棟建坪三坪二階三坪の四棟(いずれも登記を経由)を所有し、「徳海屋」の商号で洋服商および電気器具販売業を営んできたが、右各建物は昭和二〇年三月九日戦災により焼失した。その後、善一郎は、甲地につき、昭和二一年三月一日、清水栄蔵との間に、右借地権が引続き継続していることを確認し合い、同日以降の賃料は一ケ月金五九円、賃貸借の期間は定めのないものとすることに決め、同じく乙地につき、同年四月一日、辻平之助(昭和一二年六月五日家督相続により乙地につき所有権および賃貸人の地位を承継した)との間に前記借地権が引続き継続していることを確認し合い、同日以降の賃料は一ケ月金六円五〇銭、賃貸借の期間は定めのないものとすることに決め、右両地上に木造平家建店舗兼住宅一棟建坪一八坪を再建して所有し、右営業を再開した。ところで、本件土地(甲乙両地)は昭和二一年八月七日連合国最高司令官の使用要求に基くGHQスカピン第一〇六〇号Aにより接収となり、右建物は収去され、借地権の行使は一時停止状態に置かれたが、右接収は昭和二五年二月三〇日解除された。

(二)、清水栄蔵および辻平之助は右接収中の昭和二三年一一月二〇日その所有する甲地および乙地をそれぞれ補助参加人に売渡し、同年同月二二日各所有権移転登記を経由し、補助参加人は昭和二五年一二月三〇日これらを被告に売渡し、昭和二六年一月三〇日各所有権移転登記を了し、被告は各所有権を取得した。善一郎は罹災都市借地借家臨時処理法(以下臨時処理法という)第一〇条により、被告に対し、前記借地権をもつて対抗することができるのであるから、被告は善一郎に対し、賃貸人として本件土地を使用収益させる義務を負つていたものである。

(三)、しかるに、被告は右借地権の存在を知りながら、仮に知らなかつたとしても、被告はこれを調査する義務があり、調査をすれば、本件土地は周辺の広大な地域とともに接収され、右地上建築物が全部取払われるについては被告の機関として東京都渉外部がその執行に当つたのであるから、容易に善一郎の借地権の存在が認識できた筈なのに、被告は右調査を怠り、過失により昭和二五年一二月三〇日本件土地上に何ら借地権がないものとして本件土地をアメリカ合衆国に売渡し、昭和二六年六月四日所有権移転登記を了した。このため、被告は善一郎の前記借地権を消滅させた。仮に借地権が消滅せず、アメリカ合衆国が賃貸人の義務を負つているとしても、一般に承認された国際慣例からいつて、外国であるアメリカ合衆国は我国の裁判権に服しないのであるから、前記売渡により善一郎の借地権は行使不能となり、事実上消滅したのと同一状態に陥つた。

(四)、仮に善一郎の借地権が被告に対抗力を有せず、右不法行為が認められないとしても、善一郎は昭和二一年八月七日頃、被告の代理人である東京都渉外部係員との間に、被告は、本件土地の接収が解除された後、善一郎が右借地権を行使でさる状態に復元させる旨の契約を締結したが、被告は右約旨に反し、前記(三)記載のとおり本件土地をアメリカ合衆国に売渡したので、被告の右債務は履行不能となつた。

(五)、被告は善一郎に対し、前記不法行為、これが認められなければ、右債務不履行により昭和二五年一二月三〇日当時の前記借地権の価格一坪金一九、二三〇円の割合による合計金一、二七一、八七二円の損害を与えた。

(六)、善一郎の妻の原告しの、および子の原告元子は昭和二九年七月五日善一郎の死亡により共同相続をし、原告しのは三分の一、原告元子は三分の二の割合で右金一、二七一、八七二円の損害金債権を承継した。

よつて、右損害金のうち、被告に対し、原告しのは金四二三、九〇〇円とこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和二九年六月二六日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金との支払を、原告元子は金八四七、九〇〇円とこれに対する同日から完済まで同率の遅延損害金との支払をそれぞれ求める。と述べた、

<立証 省略>

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、原告主張事実中、

(一)のうち、原告らが善一郎の妻子であること、本件土地が昭和二一年八月七日接収となり、昭和二五年一二月三〇日接収が解除となつたこと、仮に本件土地について借地権があれば、右接収の間、借地権の行使が一時的に停止状態におかれたことは認めるが、その余の事実は知らない。

(二)のうち、登記簿上、甲地につき原告ら主張のとおり所有権移転登記がされていることは認めるが、被告が昭和二五年一二月三〇日本件土地を白山株式会社から買受けたことは否認する。その余の事実は知らない。被告は同日本件土地を向山照男から買受けたものである。

(三)のうち、本件土地が周辺一帯の土地とともに接収されたこと、被告が昭和二五年一二月三〇日本件土地上に何ら借地権はないものとして、これをアメリカ合衆国に売渡し、昭和二六年六月四日所有権移転登記を了したことは認めるが、その余の事実は否認する。

(四)は否認する。

(五)は否認する。

(六)のうち、原告らが主張どおりの身分関係にあり、原告らは昭和二九年七月五日善一郎の死亡によりその遺産を共同相続したことは認めるが、その余の事実は否認する。と述べ、

なお主張として、

(一)、被告が本件土地を向山照男から買受け、アメリカ合衆国に売渡したのは「外国政府の不動産に関する権利の取得に関する政令(昭和二四年政令第三一一号、改正昭和二四年政令第三九九号)」が、外国政府と不動産所有者との直接取引を禁止し、日本政府が外国政府と不動産所有者との間で定めた取引条件を公正妥当と認めたときは、大蔵省において同条件でこれを所有者から譲り受け、更に同一条件で外国政府に譲り渡すことを定めており、被告はこの手続によつて売買したものであつて、本件土地の売買は実質上向山照男とアメリカ合衆国との間のもので、被告は右売買の実質的当事者でなく、したがつて、本件土地について善一郎が借地権を有したとしても、被告は善一郎に対し、賃貸人の義務を負うものではないし、これを前提とする原告の不法行為の主張は理由がない。

(二)、仮に、善一郎が臨時処理法第一〇条により被告に対抗できる借地権を有するとすれば、被告から所有権を譲り受けたアメリカ合衆国に対しても、借地権を対抗できるのであり、右売買により善一郎の借地権は消滅しない。なるほど、原則的には、外国は我国の裁判権に服しないものではあるが、不動産についての紛争に関する限り、外国と雖も、当該不動産所在国の領土主権を尊重し、その裁判権に服するのが長年に亘り多くの国により承認されてきた国際慣行である。したがつて、本件借地権の紛争についてアメリカ合衆国は、我国の裁判権に服するのであり、善一郎の借地権が事実上消滅と同一状態に陥つたということはない。と述べた。

<立証 省略>

理由

一、亡善一郎が原告しのの夫であり、原告元子の父であることは当事者間に争なく、成立に争のない甲第一、第二、第七号証、証人山林晴彦の証言により真正に成立したと認められる同第三、第四号証、証人飯沼雄三(第一回)の証言により真正に成立したと認められる同第九号証、証人山林晴彦、飯沼雄三(第一、二回)の各証言を綜合すると、善一郎が明治初年頃、甲地を訴外清水栄蔵から、乙地を訴外辻平之助の先代から、いずれも建物所有の目的で賃借し、右両地上に木造スレート葺二階建店舗一棟建坪二四坪五合、二階二二坪、土蔵造瓦葺二階建倉庫一棟建坪三坪、二階三坪、木造瓦葺二階建居宅一棟建坪二二坪二階二三坪、同居宅一棟建坪三坪二階三坪の四棟を所有し、「徳海屋」の商号で洋服商および電気器具販売業を営んできたが、右建物は昭和二〇年三月一〇日戦災により焼失したこと、その後、善一郎は、昭和二一年二月二八日清水栄蔵との間に、甲地につき右借地権が引続き継続していることを確認し合い、同日以降の賃料は一ヵ月金五九円、賃貸借の期間は定めのないものとし、同じく、同年三月一日辻平之助(昭和一二年六月五日家督相続により乙地につき所有権および賃貸人の地位を承継した)との間に、乙地につき前記借地権が引続き継続していることを確認し合い、同日以降の賃料は一ケ月金六円五〇銭、賃貸借の期間は定めのないものとすることに決め、右両地上に木造平家建店舗兼住宅一棟建坪一八坪五合を再建して所有し、前記営業を再開したが、後記接収によつて右建物は、昭和二一年八月七日頃収去されて了つたことが認められ、右認定に反する証拠はない。そして、本件土地(甲乙両地)が昭和二一年八月七日連合国最高司令官の使用要求に基くGHQスカピン第一〇六〇号Aにより接収され、この接収は昭和二五年一二月三〇日解除となつたこと、本件土地上に借地権がある場合、右接収中は借地権の行使が一時的に停止状態となるにすぎないことは当事者間に争がない。

二、ところで、甲地につき昭和二三年一一月二二日清水栄蔵から補助参加人に、昭和二六年一月三〇日補助参加人から大蔵省に所有権移転登記が経由していることは当事者間に争がないが、成立に争のない甲第六号証、第一〇号証、成立に争のない乙第一号証の一ないし三、第二号証の一、二、第三号証、第五、六号証(第五、六号証は原本の存在に争がない)証人菅野重信の証言を綜合すると、甲地は清水栄蔵が昭和二三年一一月二〇日補助参加人に、同会社が昭和二五年八月二六日向山照男にこれを売渡し、乙地は辻平之助が同年九月八日向山照男にこれを売渡したこと、アメリカ合衆国は「外国政府の不動産に関する権利の取得に関する政令(昭和二四年政令第三一一号改正昭和二四年政令第三九五号)」に基き、本件土地を向山照男から取得することの承認および委託を被告政府に申請し、被告はこれを承認して右政令の定めるところに従い、アメリカ合衆国に売渡すため、昭和二五年一二月三〇日本件土地を向山照男から買受けたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

被告は、右売買の実質上の当事者は被告ではないから、善一郎が本件土地につき借地権を有するにしても、被告は善一郎に対し賃貸人の義務を負うものでないと、主張するが、右政令は不動産所有者から外国政府が不動産を直接取引することを禁止し、被告の機関である大蔵大臣が右取引を公正と認め承認したときは、被告はその権利を一旦取得したのち、同一条件でこれを外国政府に譲り渡すことを規定しているのであつて、被告が権利を取得する建前をとつている以上、右取得目的のために、被告の権利が一般私法上の法律効果と異なつた効果を発生させるものと解することはできない。そうすると、被告は昭和二一年七月一日から五年以内の本件土地の所有権を取得したものであるから、善一郎は臨時処理法第一〇条により、被告に対し借地権をもつて対抗することができ、したがつて、被告は善一郎に対し、賃貸人として本件土地を使用収益させる義務を負つたものといわなければならない。

三、被告が昭和二五年一二月三〇日(権利取得日)本件土地には何ら借地権がないものとして本件土地をアメリカ合衆国に売渡し、昭和二六年六月四日所有権移転登記を了したことは当事者間に争がない。したがつて、善一郎は臨時処理法第一〇条により、アメリカ合衆国に対しても借地権をもつて対抗することができるのであるから、被告は右売渡により、直ちに善一郎の借地権を消滅させ、これを侵害したとはいえない。しかし、アメリカ合衆国は借地権がないものとして本件土地を買受けたのであるから、一般社会の通念に照らし、同国が、右買受の時、借地権の存在を否定したのと同様に解すべきである。また、国家は他国の権力作用に服するものでなく、条約その他の意思表示により自制するの外は、他国の裁判権に服しないことが一般に承認された国際法上の原則であるから「アメリカ合衆国は我国の裁判権に服しないものといわなければならない。不動産に関する訴訟は、不動産所在国の裁判権に専属すると被告は主張するが、不動産を直接目的とする権利関係の訴訟についてのみ、右の主張を肯定すべきであり、不動産を間接目的とする権利関係の訴訟については否定すべきものと解する。けだし、不動産所在国に裁判権を専属させるという要請は領土主権に由来するものであり、権利関係の内容が不動産を直接に支配するという点(物権的請求権)が領土主権の右要請と結びつくものだからである。したがつて、不動産賃借権に基く請求のような不動産を間接目的とする債権的請求権に関する訴訟は不動産所在国の裁判権に専属しないものである。これにより本件をみるに、善一郎のアメリカ合衆国に対する借地権に基く請求は我国の裁判権に専属しないから、前記原則にしたがうと、善一郎はアメリカ合衆国を相手に借地権に関する訴訟を提起することができない。そうすると、被告はアメリカ合衆国に対し、本件土地を右借地権のないものとして売渡した行為により、善一郎の借地権の行使を不能とし、事実上権利の消滅と同一状態に陥らせ、善一郎の借地権を侵害した。

四、そこで、右不法行為は被告の故意又は過失に基くものか否かについて判断する。被告は善一郎の借地権の存在を知りながら、故意に右不法行為に及んだものとは全立証によるも認められないが、借地権がない土地として外国政府に売渡せば、借地権の行使は不能となる可能性は充分考えられるところであるから、借地権の存否について相当程度に注意する義務があり、加えるに、前記政令により向山照男とアメリカ合衆国との間の取引の諸条件が公正であるか否か、したがつて、借地権の存否をも含め調査する義務があるものというべきところ、前記乙第一号証の三、証人林原正三、高橋包、高橋正市、山林晴彦、菅野重信の各証言に、前記二で認定した本件土地売買のいきさつを加えて考えると、東京都は接収事務を取扱い、本件土地を周辺の広範な地域とともに接収し(接収地域については当事者間に争がない)、建物を収去したが、その際、地主清水栄蔵は東京都に善一郎を含む借地人名簿を提出しており、被告も接収関係について調査すれば、容易に善一郎の借地権の存在を知り得たものであること、しかし、被告は向山照男から本件土地等の売買の委任を受けていた東京信託株式会社が、本件土地の負担は一切除去するように処理したものと軽信したのみで、他に何ら調査しなかつたことが認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。右の事実関係から考えると、被告は過失により善一郎の借地権の存在を知らず、同借地権を侵害したものというべきである。

五、よつて、進んで、損害額について判断する。右不法行為により善一郎の蒙つた損害額は不法行為当時の借地権の価格相当額であるが、成立に争のない甲第一二号証によると、昭和二五年一二月三〇日当時の本件借地権の価格の一坪金一九、二三〇円の割合による合計金一、二七一、八七二円であることが認められ、他に右認定に反する証拠はない。そうすると、善一郎は被告に対し、金一、二七一、八七二円の損害金債権を有するものである。

六、しかして、善一郎の妻子である原告しのおよび原告元子は昭和二九年六月二六日善一郎の死亡により原告しのにおいて三分の一、原告元子において三分の二の割合で善一郎の遺産を共同相続したことは当事者間に争がない。したがつて、原告しのは金四二三、九五七円、原告元子は金八四七、九一五円の割合で前記損害金債権を共同相続により承継した。

そうすると、右金額の範囲内で原告らの求めるところにしたがい、被告は、原告しのに対し、金四二三、九〇〇円とこれに対する昭和二九年六月二六日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金とを、原告元子に対し、金八四七、九〇〇円とこれに対する同日から完済まで同率の割合による遅延損害金とをそれぞれ支払う義務がある。

よつて、原告らの本訴請求はいずれも正当であるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 西山要 西沢潔 猪瀬一郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例